東京地方裁判所 昭和24年(行)23号 判決
原告 西中薗保
被告 国
右代表者 法務総裁
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「原告が出生による日本の国籍を現在ひきつづいてもつていることを確認する。」との判決を求め、請求の原因として、又被告の答弁に対して、次のとおり述べた。
原告は大正七年十月一日米国カリフオルニヤ州において、日本人西中薗政吉の長男として出生し、日米両国籍を取得した。昭和十四年六月原告が日本見学団の一員として渡日した後、原告の父政吉は原告の伯父西中薗万吉と相談の上、当時徴兵適齢期に達していた原告が滯日中に徴兵されて帰米が遅れるようなことになることをさけるために、同年七月十八日原告には無断で内務大臣に対し原告名義による日本国籍離脱の手続をし、日本における原告の戸籍簿の記載の抹消を受けた。その後原告が帰米をのばしているうちに第二次世界大戰が起つて帰米することができなくなつた。ところが原告は、その国籍が形式上米国籍だけとなつていたために、周囲から圧迫、白眼視され、これに耐えられなくなり、昭和十七年四月二十八日内務大臣に対して日本国籍回復許可の申請をし、同年八月十八日その許可を得て、戸籍簿上東京都澁谷区幡ケ谷中町千三百九十九番地に原告の一家創立の記載を受けた。そしてその後横浜市中区本牧元町三十番地に戸籍を移した。
かように原告は現在形式的には日本国籍許可によつて日本国籍を有するに至つたことになつているが、前記のとおり、原告の日本国籍離脱は、当時満二十歳に達していた原告が自らその手続をする能力をもつていたにも拘わらず、権限のない父政吉が伯父万吉と相談して原告に無断で勝手に原告名義で手続をしたのであるから、右国籍離脱は無効であり、原告はこれによつて出生によつて取得した日本国籍を失うことはなかつたのである。現に日本国籍をもつているものが更に日本国籍を回復するということはあり得ないことであるから、前記原告がした日本国籍回復許可の申請に対する内務大臣の許可もまた無効である。
從つて、原告は出生によつて取得した日本国籍を現在に至るまでもつている者である。
しかして、原告が出生による日本国籍を有する者であることが確定すれば、米国の国籍法により米国の国籍を喪失することがないのであるから、日米二重国籍人として日本国籍法第十條(昭和二十五年法律第百四十七号)により任意に日本国籍を離脱することができることになるのであり、又現在日本国内において一般の日本人と異なり種々の特権を享受することができるのである。從つて原告は本訴につき確認の利益を有するものである。と述べた。(立証省略)
被告指定代理人は主文第一項と同旨の判決を求め、次のとおり述べた。
原告の主張する事実のうち、原告主張のとおり原告が出生して日米両国籍を取得したこと、昭和十四年七月十八日原告名義で原告の日本国籍離脱の届が内務大臣に対してなされ、日本における原告の戸籍上の記載が抹消されたこと、原告主張のとおり原告から日本国籍回復許可の申請がなされ、内務大臣の許可があり、原告が戸籍簿上一家創立の記載を受けたこと及びその後原告主張のとおり戸籍が移されたことは、いずれも認めるが、前記原告名義の日本国籍離脱の手続が原告の父によつて原告に無断でなされたものであるとの事実は否認する。その余の事実は知らない。
ところで権利又は法律関係の存否についての確認の訴は、現在の権利又は法律関係の存否についてのみ提起することができるのである。
本訴において被告は原告が現在日本国籍を有することについて爭うものではない。從つて原告が現在日本国籍を有することの確認を求める部分については確認の利益がない。のみならず本訴は結局原告の現在有する日本国籍が出生によること、即ち現在の法律関係の原因である過去の法律関係について確認を求める訴に帰するのであるが、さような訴を起すことはできないのである。
仮りに過去の法律関係に属することであつても、それが現在の法律関係に効力を及ぼしている場合には、その確認の訴を提起することができると解しても、本訴請求は次の理由から失当である。
前記のとおり、被告は原告名義でなされた日本国籍離脱の手続が原告に無断でなされたという原告の主張事実を否認し、右手続は適法になされたもので有効であり、從つてまた原告の日本国籍回復も有効であると主張するのであるが、仮りに右国籍離脱の手続が原告の主張するとおりになされたものであるとしても、政吉のした行爲は無権代理行爲である。そして原告は父によつて自己の日本国籍離脱の手続がなされたことを後に知つて、自ら日本国籍回復許可の申請をしたのであるから、これによつて父のした無権代理行爲を追認(少くとも黙示的に)したといわなければならない。しからば右日本国籍離脱は遡つて有効となつたのであり、從つてまた原告のした日本国籍回復許可申請及びこれに対する内務大臣の許可には何らの瑕疵はないのである。
即ち、原告は国籍回復許可によつて日本国籍を有する者であり出生によつて取得した日本国籍をそのままもつているものではない。
いずれにしても原告の本訴請求は棄却を免れない。と述べた。(立証省略)
三、理 由
原告が大正七年十月一日米国カリフオルニヤ州において日本人西中薗政吉の長男として出生し、日米両国籍を取得したこと、昭和十四年七月十八日原告名義で内務大臣に対し、原告の日本国籍離脱の届がなされ、日本における原告の戸籍簿上の記載が抹消されたこと、原告が昭和十七年四月二十八日内務大臣に対し日本国籍回復許可の申請をし、同年八月十八日その許可を得て、戸籍簿上東京都澁谷区幡ケ谷中町千三百九十九番地に一家創立の記載を受けたこと及びその後戸籍を横浜市中区本牧元町三十番地に移したことは、いずれも当事者間に爭がない。
米国の国籍法によると、原告が一旦日本国籍を離脱した後国籍回復許可によつて再び日本国籍を取得した者であれば、出生に因つて取得した米国籍を喪失したことになるに反して、原告が日本国籍を離脱したことがなく、從つて又日本国籍を回復したこともないとすれば、米国籍を喪失したということもないのである。もとより、前記のとおり原告が公簿上一旦日本国籍を離脱した後日本国籍を回復したことになつており、從つて、現在米国籍のない者として取扱われている(このことは原告自ら主張しているところである)以上、究局において原告が米国籍を喪失しなかつた者であるかどうかは米国の裁判所が決定すべき事がらではあるが、原告の日本国籍離脱及び日本国籍回復が有効になされたかどうかは日本の裁判所の判断できる事がらであり、しかもその認定は右の米国の裁判所の判断にとつて有力な資料となるものということができる。してみると原告が本訴で日本国籍離脱および日本国籍回復がいずれも無効であることを理由として現在出生によつて取得した日本国籍をもつていることの確定を求めることは、米国の裁判所で米国籍の存在を認めてもらうために必要であり、この意味で本訴を提起するについて原告は利益をもつている、といわなければならない。
更に原告の主張が正しいとすれば、前記原告の戸籍の記載は、原告の主張に合うように訂正されなければならない。ところで、かような戸籍の訂正は、原告に対する国籍回復許可の無効という行政処分の効力に関する判断を前提としているから、家庭裁判所の許可によつてなしうべきことではなく、確定判決を得て始めて可能となることである。從つて原告は戸籍の訂正を求めるためにも本訴を提起する利益を有するものということができる。
ところで、原告は、前記原告名義の日本国籍離脱の手続が父政吉によつて原告に無断でなされたと主張しているから、この点について判断する。
乙第一号証の一、二について、原告はその眞正にできたことを否認しているけれども、原告の父政吉が原告名義で日本国籍離脱の手続をしたことは原告自ら主張しているところであり、このことと、弁論の全趣旨とによると、この乙第一号証の一、二の書類は、原告名義で内務大臣に出され、国が保管して來た問題の国籍離脱届出書類であると認めることができる。
そして、眞正にできたことについて爭いのない甲第三号証の一、第五号証、第六号証の一、二と原告本人訊問の結果とを合せ考えると、この原告名義の日本国籍離脱届は、原告が昭和十四年六月日本見学の目的で米国カリフオルニヤ州にある父の許から日本に向けて出発した後に、父政吉によつて内務大臣宛に提出されたものであることが認められる。
そこで、この国籍離脱届が、原告の主張するように、原告に無断で作成され、提出されたかどうかが問題となるのであり、前記甲第五号証、第六号証の一、二には原告の父政吉のその趣旨の記述があり、原告本人もまたそのように供述している。しかし、国籍を離脱するというような重大な身分上の変動を生ずる事がらについては、本人はもとより家族もまた愼重に熟慮し、一家協議を重ねた上で決定するのが通常の事態であるということができる。原告は既に満二十歳に達して、日華事変たけなわのとき日本に來ようとしていたのであるから、日本滯在中徴兵されるおそれがあることに十分考えをめぐらすことができたはずであり、又実際にこの問題を眞劍に檢討してみたであろうと考えるのが相当である。以上のことと、証人西中薗万吉の証言(第一、二回)によつて明らかな、原告の国籍離脱について西中薗万吉は政吉から相談を受けていないということ(この点について原告の主張はくいちがつている。)と弁論の全趣旨とを合せて考えると、前記政吉の記述するところや、原告本人の供述するところをそのままに信用することは、とうていできない。
してみると、特別の事情の認められない本件においては、原告の日本国籍離脱届書は、原告承知の上で、その意思に從つて作成され、提出された、と認めるのが相当である。(なお、乙第一号証の一の国籍離脱届書の原告の氏名と原告本人訊問の際、原告が自書した宣誓書の署名とを対比してみると、両者の筆跡は非常に似ているが、国籍離脱届には本人の自署を必要とするという規定はないから、前示両者の筆跡が同一であるか、從つて乙第一号証の一にある原告の氏名が原告の自署であるかは、必ずしもこれを確定する必要を認めない。)
以上によれば、原告名義の国籍離脱の手続は原告の意思にもとずき適法になされたものというべく、從つて右手続によつて原告は一旦日本国籍を喪失したのであるから、右国籍離脱の無効を前提とする本訴請求は、その他の点の判断をまつまでもなく、結局失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一條、民事訴訟法第九十五條、第八十九條を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 新村義広 新見俊介 西村宏一)